自分自身と向き合うことの重要性
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私は目を閉じ、これから滑るラインをイメージする。同時に心の声が聞こえてくる。「左にターン、右にターン、後ろを確認し、スラフをかわして……」。深呼吸をすると、山の鼓動が感じられる。山はとても力強く、巨大で、ときに厳しさを見せる。でも、私は緊張感のなかでこそ安らぎを感じることができる。「フィルマーの準備はOK。いつドロップインしても良いよ。楽しんで、キミー!」という無線からの声で目が覚める。再び目を閉じ、これから滑り降りるアラスカのスティープラインを今一度確認する。これまで数え切れないほどAIARE(アメリカ雪崩研究所)の講習を受けてきた。雪崩のリスクは十分に理解している。準備は万全。バインディングを締め直し、グローブ、バックパック、ゴーグルを整える。「ドロップイン5秒前……」と無線で伝える。5、4、3、2……。深呼吸と共に、心のなかでカウントダウンする。「ドロップイン!」最初のターンをキッカケに、私は山と一心同体になる。そして、安らぎを感じる。そう、ここが私の居場所なんだ。
私にとって、山は幸せの場所です。
滑るラインのビジュアル化など雪山でのセルフチェックは、スノーボードのキャリアを通じて、私が何百回、何千回と繰り返してきたことです。イメージ、深呼吸、今その瞬間とつながる。流れるようなターンを思い浮かべ、己の経験を信じる。もちろん、一瞬たりともビッグマウンテンに潜むリスクを忘れることなく。
2021年11月のある日、私は上裸で鏡の前に立ち、自分の乳房をセルフチェックしていました。夫のクリス・ベンチェトラーも隣にいました。右の乳房を脇の方へと押していたとき、右腕の下あたりに小豆ぐらいのしこりを感じたのです。夫にも確認してもらい、すぐ医者に相談することにしました。しこりは、体の異常を知らせるアラームでした。
以前から右の乳房が大きかったのですが、2人目を出産した直後、乳管が詰まったことがあったのです。鏡の前での出来事からさかのぼること7ヶ月前、右の乳房に繊維状のしこりができていました。授乳による乳房の変化はよくあることで、そのしこりも組織の一部だと考えていましたし、乳がんの検査で教えられてきたものとは別物だと思っていました。Boarding for Brest Cancer(乳がん撲滅のためのスノーボーダーによる団体)のアンバサダーとしても活動していたので、あのしこりは例外として疑いもしませんでした。ただ、日常的にセルフチェックをしているので、今回のしこりは7ヶ月前のものとは違うとわかったのです。
電話で私の焦りを感じ取った医者は、すぐにでも来院するようにと言いました。偶然にも、カリフォルニア州ラ・ホイヤにあるスクリプスMDアンダーソン癌センターの乳がん専門医、オルソン医師がビショップに滞在中で、彼女に診てもらうことになったのです。マンモグラフィーと超音波検査を受け、その後の健康診断の結果、オルソン医師は炎症性乳がん(IBC)の可能性が高いと言いました。乳房が少し赤くなって肥大していたこと、目立つ塊があったこと、リンパ節が腫れていたこと、そして乳房の皮膚がオレンジの皮のようにくぼんでいたこと、IBCと診断されるには十分な判断材料が揃っていました。次の日には複数の生検を受け、病理検査の結果、ステージ3のIBCだと診断されました。
たったの3日間で、私の人生は180°変ってしまいました。食べる物に気を遣い、アクティブでヘルシーな38歳の女性。だけど、癌にとってはそんなこと関係なし。その後、6回の化学療法をはじめ、乳房切除手術や30回の放射線照射など、想像を絶するような治療計画が立てられました。
私にとって、山は幸せの場所です。でも治療を進めるため、先シーズンはスノーボードと向き合う時間もエネルギーもありませんでした。そして、少しずつ絶望感が襲ってきたのです。
自分を見失ってしまった。
手術や放射線治療の前に、私には心のケアとしてのスノーボードや山での時間が必要でした。主人は察してくれていたようで、彼はドナ・カーペンターやBurtonクルー、バルドフェイスのオーナーであるジェフ・ペンシエロに呼びかけ、究極のサプライズを用意してくれていたのです!
2022年3月のある日、化学療法を終えた私は、家族や義理の母と共にカナダのバルドフェイスへ向けて出発しました。冬の楽園に行けると知ったとき、私は興奮を抑えられませんでした。到着した日は大雪で、窓の外に広がる景色をキラキラした目で眺めていた子供たちが印象的でした。センターハウスにあるダイニングルームへ行くと、ダニー・デービスやケリー・クラーク、アンナ・ガッサー、ゾーイ・サドウスキー・シノット、マーク・マクモリス、そして平野歩夢といったチームメイトたちが私を出迎えてくれたのです。
このトリップは、元々オリンピックに出場したライダーたちを祝うためのものでしたが、Burtonクルーとジェフ・ペンシエロの粋な計らいによって、私たちもトリップに招待されたのです。みんなでバインディングのストラップを締めていると、体と心に電流が走ったかのような感覚を覚えました。雪が降り積もるこの場所こそ、私の居場所なのです。4月のパウダーラン。ブリティッシュコロンビアの静かな森のなかで、私は解き放たれました。トリップを終えたとき、残りの治療をやり切るためのエネルギーに満ちあふれていました。
乳がんと診断されてからの10ヶ月は、本当にあっという間でした。今思えば、あの日のセルフチェックが私の命を救ってくれたのです。そして、バルドフェイスへのトリップは、自然との触れ合いこそが最高の治療であることを証明してくれました。現段階での治療は全て終了し、家族やBurton、自然から受けるサポートに心から感謝しています。この経験を活かすべく、自然と共に病と闘う人たちのため、Benchetler Fasani Foundation(BFF)を立ち上げることにしました。
もし今あなたが乳がんと闘っている、もしくは何かしらの治療が必要な状況であれば、外に出て自然と触れ合ってみてください。体や心にとって、自然以上の良薬はありません。雪山でも日常生活でも、自分自身としっかり向き合うことも忘れないでください。
友人からのメッセージ
初めてキミーに会ったのは、もう20年以上も前のことです。5年前にBurtonの撮影で再会したのですが、プロスノーボーダーと母親を両立し、何事にも一生懸命な姿に衝撃を受けました。女性スノーボーダーの可能性を広げ、また母親として子供たちとの冒険を楽しむキミー。これからも新たなフィールドを開拓し、彼女らしいラインを描いていくのを楽しみにしています。
実は、私もキミーと同じ乳がん経験者です。左胸に乳がんが見つかったのは10年前、私が38歳のときでした。それからはあっという間の10年でしたが、人生において最も重要な時間を過ごすことができました。人生にはいろいろありますし、やっぱりバランスって大切だと思います。スノーボードでもバランスを崩すと転びますし、人生とスノーボードは似ていますよね。仮に転んだって、立ち上がってポジションを整えて、また滑り始めれば良いのです! そして10年という節目を機に、この度NyuDayNewSmile を立ち上げました。乳がんの経験を通して自分を見つめ直し、人生を楽しむキッカケになれたら嬉しいです。
Enjoy Snow, Enjoy Life!
杉山(旧姓: 山越)知子
元Burtonチームライダー。かつてはアメリカ・オレゴン州をベースに写真撮影や大会出場、ハイカスケードスノーボードキャンプでのコーチなど幅広いシーンで活動。現在は、岐阜県飛騨高山で子供たちとスノーボードを楽しんでいる。
※[ak] Kimmy Fasaniコレクションの売り上げの一部は、Benchetler Fasani Foundation(BFF)への寄付や乳がんの啓蒙活動に使用させていただきます。